顧客の契約書をAIに要約させたい。でも、これで情報が漏れたら一発で信用を失う。

ひとりで商売をしていると、相談できる情シスも法務もいません。だから多くの個人事業主は、生成AIを本格的に使いたいと思いながら、この手前で止まります。

結論から言うと、危ないのはAIという道具そのものではありません。機密を個人向けプランに入れたり、外に出る経路を塞がないまま使う「使い方」です。

要点

生成AIのリスクは、AIそのものよりも「機密が外に出る経路」を塞がない使い方にあります。個人事業主がまず見るべきなのは、次の3つです。

  • 機密を個人向けプランに入れていないか
  • 入力データが学習やレビューに使われない契約か
  • AIに読ませるデータの範囲を絞っているか

この記事では、漏洩の5つの入口、契約で見る7点、安全導入の5ステップに分けて整理します。

この記事で使うフレーム: Eight式 AI安全導入 5-7-5モデル

「Eight式 AI安全導入 5-7-5モデル」とは、個人事業主が生成AIを安全に導入するための判断を、漏洩の5つの入口・契約で見る7点・導入の5ステップに分類して管理する考え方です。リスクを怖がって禁止するのではなく、分類して一つずつ塞ぐ対象として扱います。

以下、この順に見ていきます。各項目は判断に必要な要点だけを書き、詳細は関連記事と記事末の出典に譲ります。

機密が漏れる5つの入口

実際に情報が漏れる経路は、大きく5つに分けられます。まず全体を表で押さえてください。

入口 何が起きるか 基本対策
入口1: 個人アカウント 自分や外注先が無料版に機密を貼る 法人プラン/APIに寄せる
入口2: 規約による学習 入力データが学習に使われる 学習されない契約を選ぶ
入口3: ベンダー事故 サービス側の不具合で漏れる 入れなくてよい機密は入れない
入口4: 拡張機能 会話やURLを外部送信される 業務ブラウザに怪しい拡張を入れない
入口5: RAGの見えすぎ AIが社内文書を広く読めてしまう アクセス権限を最小化する

機密が漏れる5つの入口の分類図。入口1個人アカウント・入口2規約による学習・入口4拡張機能・入口5RAGの見えすぎには塞ぐ鍵があり、入口3ベンダー側の事故だけは施錠できないため、入力しない機密を決めて被害の上限を下げる

入口1: 自分や外注先が個人アカウントに機密を貼る

最も身近な入口です。サムスン電子では、業務利用を許可した直後の20日足らずで、社員がソースコードや会議内容をChatGPTへ入力する流出が3件報じられました。大企業の話に見えますが、構造は同じです。あなたや外注先が個人の無料版に顧客データを貼れば、同じことが起きます。基本は、業務で使うアカウントを法人プランかAPIに揃えることです。

入口2: 規約で入力データが学習に使われる

貼ったデータが、サービスの規約に基づいてモデルの学習に使われる経路です。ここはプランと契約で決まります。後述の「契約7点」と「早見表」を確認すれば、この入口はかなり塞げます。

入口3: ベンダー側の事故で漏れる

AIサービス側の不具合で、会話履歴やログが外から見える事故が過去に起きています。これは利用者側では完全には防げません。対策は「入れなくてよい機密は入れない」ことです。

入口4: 拡張機能・外部連携が会話を持ち出す

AIツールを装った偽のブラウザ拡張機能が、会話の全文やログイン情報を外部へ送信していた事例が報告されています。素性の不明な拡張機能を業務ブラウザに入れない、が基本です。

入口5: AIに読ませたデータが見えすぎる

社内文書をAIに参照させる仕組み(RAG)では、AIが読める範囲すべてが漏洩面になります。過去には、細工されたメールを受け取るだけで機密が流出しうる脆弱性も見つかりました(現在は修正済み)。対策は、AIに与えるアクセス権限を必要最小限に絞ることです。攻撃の仕組みは「プロンプトインジェクション対策:間接型攻撃の仕組みと入力・出力・運用の3層防御」で解説しています。

契約・規約で見る7点

利用規約を全文読み込む必要はありません。次の7点だけチェックしてください。

  • [ ] 入力データが学習に使われるか
  • [ ] 個人版か法人版か
  • [ ] 学習利用の既定がオンかオフか
  • [ ] データの保持期間はどれくらいか
  • [ ] 人間レビューの対象になるか
  • [ ] ゼロデータ保持(ZDR)を使えるか
  • [ ] 保存場所と責任範囲はどうなっているか

詳しく見る順番は「学習 → プラン → 保持 → 責任」です。なおZDRは、OpenAI・Anthropicとも営業チームの承認が必要な申請制で、対象外の機能もあります。「申請すれば誰でもすぐ」ではありません。

「無料は学習あり・法人は学習なし」と言い切れない

「無料版は学習あり、法人版は学習なし」と単純には言い切れません。Claude、Copilot、Geminiはプラン名や無料API枠で扱いが分かれるため、導入前に公式情報で確認してください。

  • Claudeの消費者向け(Free/Pro/Max)は、2025年8月から学習可否をユーザーが選ぶ方式です。Team/Enterpriseは別規約で、既定で学習に使われません
  • Copilotは「無料版・Microsoft 365付属版・法人版」の3製品で扱いが違います
  • GeminiはAPIの無料枠が、商用利用できるにもかかわらず既定で学習と人間レビューの対象です
サービス 消費者向け 法人・Workspace版 API 公式情報
ChatGPT 既定で学習あり(オプトアウト可) Business・Enterprise は既定で学習なし 既定で学習なし OpenAI Data Controls
Claude Free/Pro/Max はユーザーが選択 Team・Enterprise は既定で学習なし 既定で学習なし Anthropic Privacy Center
Gemini 個人向けアプリは既定で学習あり Workspace版は既定で学習なし・レビューなし 無料枠は既定で学習あり/有料枠は既定で学習なし Gemini API Terms
Copilot 無料版は既定で学習あり(オプトアウト可) M365 Copilot(法人)は既定で学習なし Azure OpenAI は既定で学習なし Microsoft Learn

(2026年7月10日時点。仕様は変わるため、導入前にリンク先で最新を確認してください。)

安全な導入は5ステップで進める

ここまでの入口と契約確認を、導入手順に落とすと5ステップになります。上から順に進めてください。

安全な導入の5ステップのフロー図。1学習されない契約を選ぶ(入口2を塞ぐ)、2アカウントと委託先アクセスを管理する(入口1を塞ぐ)、3AIに読ませるデータを棚卸しする(入口5を狭める)、4保持期間・ログ・ZDRを詰める、5自分のAI利用ポリシーを明文化して取引先に示せる状態にする

ステップ1: 学習されない契約を選ぶ

機密を扱う業務は、消費者向けプランではなく法人向けプランかAPIに寄せます。これで入口2はおおむね塞げます。前章の早見表が出発点です。

ステップ2: アカウントと委託先アクセスを管理する

誰のアカウントで何を入力したか追える状態にします。外注・委託先がいるなら、委託終了時にアカウントや共有ドキュメントのアクセスを遮断する手順を決めておきます。増員や委託を始めた瞬間にここが穴になります。

ステップ3: AIに読ませるデータを棚卸しする

入れてよい機密と入れない機密を先に色分けします。入口5を狭めるのはこの工程です。線引きの具体例は「ChatGPTやClaudeに会社の機密を入れていい?」が詳しいです。

ステップ4: 保持期間・ログ・ZDRを詰める

「学習されない」で満足せず、データがどれだけの期間残るか、消せるかを確認します。より厳格にしたい場合はZDRを検討します(申請制・対象外機能あり)。扱う機密の重さと手間のバランスで決めてください。

ステップ5: 自分のAI利用ポリシーを明文化する

何を・どのプランで・どう使うかを一枚に書き出します。自分の統制になるだけでなく、取引先から「AIの情報管理は大丈夫か」と聞かれたときの営業資材になります。土台には、JDLAの「生成AIの利用ガイドライン」雛形や、総務省・経済産業省の「AI事業者ガイドライン」が使えます。いずれも組織を想定した文書なので、自分の業務に合わせて削って使ってください。

10項目の自己診断で、いま自分がどこまで安全かが分かる

ここまでをYes/Noで点検できる形にまとめます。Noが多いほど、優先して手を打つべき箇所です。

  • [ ] 機密を扱う業務は、無料・個人プランではなく法人プランかAPIを使っているか
  • [ ] 使っているサービスの学習利用の既定(オン/オフ)を、公式ページで確認したか
  • [ ] Claude・Copilot・Geminiで、消費者版と法人版・API版を取り違えていないか
  • [ ] 外注・委託先が、無料版や個人アカウントに機密を貼っていないと確認できるか
  • [ ] 委託が終わったときに、アカウントや共有ドキュメントのアクセスを遮断する手順があるか
  • [ ] AIに入れてよい機密/入れない機密を、事前に色分けしているか
  • [ ] 素性の不明なブラウザ拡張機能を、業務ブラウザに入れていないか
  • [ ] データの保持期間と削除方法を、契約・設定で確認したか
  • [ ] AIに社内文書を参照させる場合、アクセス範囲を必要最小限に絞っているか
  • [ ] 自分のAI利用ルールを一枚に書き出し、取引先に説明できる状態か

全部にYesが付く必要はありません。扱う機密の重さに照らして、どこまで詰めるかを決める材料にしてください。

契約・設定・棚卸しは自走できる、RAG設計と事故対応はプロと組む

プランの選択、学習オプトアウトの設定、機密の棚卸し、利用ルールの明文化は、この記事の5ステップと自己診断で自分の手で組めます。

一方、社内文書をAIに参照させるRAGの設計、取引先から具体的なセキュリティ要件を求められたとき、実際に漏洩や不審な挙動が起きたときの事故対応は、プロと組むことを検討してください。RAGは設計を誤ると入口5がそのまま開き、事故対応は初動の判断が結果を左右します。

私たち(弊社)は、AI導入とセキュリティの交差点で個人事業主・小規模事業者の支援をしています。自分でどこまで詰めればいいか迷ったら、ご相談ください。使っているAI・入れている機密・与えている権限を教えていただければ、5ステップのどこに穴があるかを具体的に整理してお伝えします。設計の点検だけ、という形でも構いません。

無料版・法人契約・取引先説明の、迷いやすい3点に答える

Q. 無料版で仕事の文章を作るのはNGですか

機密を含まない下調べや、公開しても困らない文章の整形なら、無料版でも問題になりにくいと考えられます。避けたいのは、顧客名・個人情報・未公開の企画といった機密を無料・個人プランに入れることです(多くは既定で学習に使われます)。「機密は入れない」を守れるなら、用途で使い分けるのは現実的な選択です。

Q. 法人契約なら、何を入れても大丈夫ですか

「学習に使われない」と「一切保持されない」は別の話なので、無条件に大丈夫とは言い切れません。法人向けや有料APIでも、不正利用の監視などを目的に一定期間データが保持されるのが一般的です。また、プラン側の安全性とは別に、取引先との秘密保持契約(NDA)で外部サービスへの入力自体が制限されている場合があります。「保持と削除の確認」と「契約上入れてよいか」は別々に押さえてください。

Q. 取引先にAI利用について聞かれたら、何を示せばいいですか

自分のAI利用ルール(どの業務を・どのプランで・どう扱うか)を一枚にまとめて提示するのが基本です。まだ作っていない段階で急に聞かれたら、最低限「機密を入れるサービスは学習に使われない契約に限定している」「入れてよいデータの線引きを決めている」「保持期間を確認している」の3点を自分の言葉で答えられれば、会話は成立します。

契約と使い方で線を引けば、AIは止めずに守れる

危ないのはAIそのものではなく、機密を個人向けプランに入れたり、外に出る経路を塞がないまま使う使い方でした。冒頭の「顧客の契約書を貼って要約させたい」も、法人向けの契約を選び、入口を一つずつ塞げば、止めずに進められます。迷ったら5-7-5モデル(入口5つ・契約7点・導入5ステップ)に戻ってください。

次に読むなら、「どの機密をどのプランに入れてよいか」を掘り下げた「ChatGPTやClaudeに会社の機密を入れていい?」がおすすめです。安全の入口を整えたあと、業務に載せて回す順序(何から始めて、どの順番か)は、もう一本の柱個人事業主の生成AI導入 実践ガイドで扱っています。

出典

eight 編集チームAI SECURITY PRACTICE

AIとセキュリティの専門家チーム。OWASP・NISTなどの一次情報にあたり、出典を示して書く。「機密を守ってAIを使う」設計の支援を行っています。