「顧客情報を ChatGPT に入れて大丈夫か」。こう検索する人、こう投稿する人は web 上に数多くいます。「AI に入力してはいけない情報」を説明する記事も、不安を書き込んだ投稿も、次々と並んでいます。

ここで立ち止まると、「うちは機密が多いから AI には向かない」という結論に流れがちです。ただ、この結論の中身をほどくと、たいてい「機密だから全部禁止」か「便利だから全部入れる」かの二択で考えています。判断が二択だから、機密の多い仕事は丸ごと「向かない」側に倒れてしまう。

結論から言います。判断は二択ではありません。①どの種類のデータか → ②そのまま出す/加工して出す/出さない → ③使うツールが入力を学習に使う設定か、の三点で、1業務ずつ決められます。この見方に切り替えると、「加工すれば任せられる」業務は思っていたより多く見つかります。

この記事が答えるのは「AI で何ができるか」ではありません。「何を渡していいか・いけないかを、自分で判断するための基準」です。導入全体の順序(何から始めて、どの順番で業務に載せるか)は柱ページの個人事業主の生成AI導入 実践ガイドにまとめています。この記事は、その最初のステップにあたります。

要点

  • 判定は三点で決めます。①どの種類のデータか → ②そのまま出す/加工して出す/出さない → ③使うツールが入力を学習に使う設定か。
  • 「機密だから全部禁止」は、判断ではなく判断の停止です。データの加工という第三の選択肢が、その二択からこぼれ落ちています。
  • 機密度は「AI に向くか(頻度×定型度×効果)」とは別の、独立した軸です。片方だけで決めません。
  • 同じデータでも、使うツール・プランが入力を学習に使う設定かどうかで、「出せる/出せない」が変わります。
  • まず1枚のシートで、自分の業務を「任せる/加工して任せる/任せない」に仕分けます。

「機密だからうちは AI に向かない」で止まるのは、判断が二択になっているから

「AI に入力してはいけない情報」を扱う記事や、機密の入力を心配する声は、web 上で厚く供給されています。ただ、その量から「機密ゆえに AI 導入を諦めた人が大勢いる」と結論することはできません。私たちが調べた範囲では、そう明言する一次証言は見つかりませんでした。確かなのは、不安と関心がそれだけ厚いという事実までです。

止まる理由は、心理より判断の構造にあります。「全部入れてはいけない」か「便利だから全部入れる」かの二値で考えると、機密を含む業務はまとめて「入れてはいけない」側へ落ちます。二値思考への批判は、企業の情報管理を対象にした記事でも同じ着眼で語られています。この記事の役割は、その気づきを、ひとり法人が自分の業務を1つずつ仕分ける手順に落とすことです。

まず二軸で見る。AI 適性と機密度は別の軸

業務を仕分けるとき、多くの棚卸フレームは「AI 適性」だけで測ります。頻度が高く(週に何度も発生する)、手順が定型的で(毎回ほぼ同じ流れ)、任せたときの効果が大きい(1回で30分以上浮く)業務ほど、AI に向きます。三つのうち二つ以上当てはまれば「高」、一つなら「中」、どれも弱ければ「低」と付けます。

ここに、もう一本の軸を掛けます。機密度(外に出してよいか)です。これは AI 適性とは独立した軸で、片方が分かっても、もう片方は分かりません。適性が高くても機密度が高ければ、そのまま任せることはできません。逆に、機密度が低ければ適性が中くらいでも気軽に試せます。

二軸を1枚のマトリクスにすると、「任せる/加工して任せる/任せない」が一目で分かります。

AI 適性 高 AI 適性 中 AI 適性 低
機密度:そのまま出せる 任せる(最優先) 任せる 手作業のまま
機密度:加工して出せる 加工して任せる 加工して任せる 手作業のまま
機密度:出せない 任せない 任せない 任せない

この表で結果を分けるのは、右下ではなく真ん中の行です。「加工して任せる」という選択肢があるだけで、機密を含む業務が「任せない」一色にならなくなります。

機密度は、データ種別を三段階に当てはめて決める

機密度は、感覚ではなくデータの種類で当てはめると速く決まります。業務で扱うデータを、おおむね次の4種類に分けます。判定に迷うものだけ、最後に「外に出たら誰が困るか」で決めます。

データ種別 既定の扱い
公開済み・公知 自社サイトの掲載情報、公表済みの資料 そのまま出す
自社ノウハウ・社外秘 見積の考え方、独自の手順や資料 加工して出す(要約・一般化)。競争優位の核は手元に残す
取引先の非公開情報 契約内容、未公開の取引、預かった資料 加工して出す(匿名化・数値だけ渡す)か、出さない
個人情報 顧客の氏名・連絡先・マイナンバー等 出さない、または仮名化したうえで学習利用の有無を確認する

判定結果は、禁止か許可かの二択ではなく三段階になります。そのまま出す/加工して出す(匿名化・要約・数値だけ渡す・仮名化)/出さない、の3つです。この真ん中の「加工して出す」があるかどうかで、二値思考から抜け出せるかが決まります。たとえば顧客ごとの見積書そのものは渡せなくても、金額と条件だけを匿名化した数表にすれば、傾向の分析は任せられます。

この「加工して出す」を安全に成り立たせる法的な裏づけがあります。個人情報保護委員会は2023年6月2日付の注意喚起で、個人情報取扱事業者が本人の同意なく生成 AI に個人データを含むプロンプトを入力し、その個人データが応答の出力以外の目的(学習など)で扱われる場合、個人情報保護法違反となる可能性があるとしています。そのうえで、入力にあたっては提供事業者が当該データを機械学習に利用しないことを十分に確認するよう求めています。つまり「加工して出す」を安全と言えるかどうかは、実際には使うツールの学習利用設定しだいです。

士業の場合は、この機密の重みが一段構造的に重くなります。税理士には税理士法第38条で、業務上知り得た秘密を漏らし、または窃用してはならない守秘義務が定められています。弁護士にも弁護士法第23条で、職務上知り得た秘密を保持する権利と義務が定められています。ここで一つ留保します。この明文の守秘義務を条文で確認できたのは税理士と弁護士です。コンサル・ひとり受託開発・代理店などは、法定の守秘義務規定の有無を個別に確認しておらず、契約・NDA・個人情報保護法の一般原則に照らして自分で線を引くことになります。

三段階の判定は、使うツールで動く

同じデータでも、使うツールやプランが入力を学習に使うかどうかで、「そのまま出せる/加工が要る/出せない」が変わります。ここは判定を左右する要素なので、業務ごとに固定せず、使う道具とセットで見ます。

3社の公式ドキュメントを読むと、傾向は次のように整理できます。個人向け・無料で使う場合は入力が学習に使われうる一方、各社が「学習に使わない」と明言しているのは、それぞれ特定の商用製品についてで、対象製品は会社ごとに違います。

提供元 個人向け・無料 「学習に使わない」と明言している対象 補足
OpenAI 学習に使われうる API(2023年3月1日以降・明示的にオプトインした場合を除く) ChatGPT 個人向けプラン固有の扱いは公式ページに記載なし
Anthropic 学習に使われうる 商用製品(Claude for Work・API 等・デフォルト。明示的にフィードバックを送った場合のみ例外) 消費者プラン(Free/Pro/Max)は学習利用を許可すると保持が5年に延長(許可しなければ30日)。初期状態のオン/オフは公式から逐語確認できず
Google 学習に使われうる Workspace(法人向け) 個人向け Gemini は一部の会話が人間レビュー対象。「Keep Activity」をオフにすると将来のチャットは対象外(応答生成・安全対策のための利用は継続)。法人アカウントは別のデータ取り扱い条件

消費者向けプランは、設定によって扱いが変わります。ですから「消費者プランはデフォルトで安全」とは書けません。機密を扱うなら、学習に使う設定かどうかを自分で確認するのが順序です。

機密を含む業務を任せる前提でツールを選ぶなら、まず入力が学習に使われる設定かどうかを確認するのが順序になります。個々のツールの設定手順や比較には、この記事では踏み込みません。判定の原則としては「学習に使う設定か否かで、出せる範囲が動く」までを押さえれば十分です。会社の機密を AI に入れてよいかの線引きと最低限の設定については、ChatGPTやClaudeに会社の機密を入れていい? 判断の線引きと最低限の設定で具体的に整理しています。

5ステップで仕分けて、空いた分は仮置きにとどめる

ここまでの判断を、業務ごとの手順として通します。

  1. 洗い出す。「見積作成」「契約書チェック」「問い合わせ対応」のように、15分だけタイマーをかけて、粒度を気にせず書き出します。
  2. AI 適性を見る。頻度×定型度×効果で、先に挙げた目安に沿って高・中・低を付けます。
  3. 機密度を判定する。データ種別を三段階(そのまま出す/加工して出す/出さない)に当てはめます。
  4. 二軸マトリクスで仕分ける。適性×機密度で「任せる/加工して任せる/任せない」に振り分けます。
  5. 空いた分を仮置きする。任せた業務で浮く時間を、まずは目安として見積もります。

ステップ5は「どれくらい空きそうか」を見積もるところまでにとどめます。空いた時間をどこへ移すか、という設計はこの記事の範囲ではありません。仕分けの結果、想定より多くの業務が「加工して任せる」に入ったなら、それだけ手元の時間が動くという目安を、数字にしておくだけで十分です。

仕分け用の共有ワークシート

この5ステップを1枚で回せるように、Google スプレッドシートの雛形を用意しています。コピーして自分の業務名を入れるだけで使えます。列は次の7つです。

  • 業務名
  • AI 適性(高・中・低)
  • データ種別
  • 機密度の結果(そのまま出す/加工して出す/出さない)
  • 仕分け(任せる/加工して任せる/任せない)
  • 空く時間の目安
  • 配置転換先(この記事では空欄のまま)

仕分けの列は色分けの条件付き書式を入れてあり、埋めていくと「任せる」業務がひと目で分かります。いちばん右の「配置転換先」は、今の段階では空けておいてください。浮いた時間をどこへ移すかは、この記事では扱いません。移し先の決め方は続編の「AIで仕事がなくなる」不安への答え方。人員削減ではなく配置転換を導入前に設計するで、6つの選択肢から指定する判断表にしています。

よくある質問

Q. 顧客情報を AI に入れたら守秘義務違反になりますか

まず、使うツールが入力を学習に使わない設定・プランかを確認するのが前提です。個人情報保護委員会は、本人の同意なく個人データを生成 AI に入力し学習などに使われる場合は個人情報保護法違反となる可能性があるとし、提供事業者が機械学習に利用しないことの確認を求めています(2023年6月2日付の注意喚起)。税理士・弁護士は職業法上の守秘義務も重なります(税理士法第38条・弁護士法第23条)。ただし条文で守秘義務を確認できたのは税理士・弁護士で、その他の士業・業種は契約・NDA・個人情報保護法の一般原則で線を引きます。顧客情報そのものを渡さず、匿名化・数値化して「加工して出す」形にできる業務もあります。ただし匿名化しても、業種・地域・取引額の組み合わせで相手が特定できる粒度なら、実質的に個人情報を渡したのと同じです。加工の可否は「渡した後に誰が特定できるか」で判断してください。

Q. 無料の ChatGPT でそのまま使っていいですか

機密を扱うなら、設定とプランを先に確認してください。3社とも、個人向け・無料で使う場合は入力が学習に使われうるとしています。一方で「学習に使わない」と明言しているのは、OpenAI は API、Anthropic は商用製品(Claude for Work・API 等)、Google は Workspace(法人向け)についてで、対象は会社ごとに違います。ChatGPT の法人向けプラン(Team/Business)固有の扱いは、今回の調査では公式に確認できていません。消費者向けプランは、学習に使うかどうかがユーザーの設定で変わるため、初期状態を鵜呑みにせず自分で確認する必要があります。

Q. 何から手をつければいいですか

1業務ずつ、5ステップで進めてください。頭の中だけで仕分けると機密度の判定が曖昧になりがちなので、共有ワークシートに書き出して可視化するのが近道です。手が止まるときは、まず15分だけ思いつくまま書き出し、分類は後回しにしてください。

仕分けの基準を、AI 導入の前に持つ

今日この後にできることは、ひとつです。自分の業務を3〜5個だけ書き出し、それぞれに「そのまま出す/加工して出す/出さない」を付けてみてください。全部が「出さない」になる業務は、実際にはそう多くありません。

機密度の判定やツールの設定は、業種によっては自社の解釈だけで決め切れない場面もあります。判断を外に丸投げする必要はありませんが、線引きの確認は早めにしておくほど安全です。機密を守りながら AI を導入する入口・契約・手順の全体像は、生成AIの安全な導入ガイドにまとめています。次に読むならこの1本です。

私たち(弊社)は、AI 導入とセキュリティの交差点で、機密を扱う個人事業主・小規模事業者の支援をしています。集客を増やすサービスは売っていません。何を渡してよいかの線引きに迷ったら、ご相談ください

出典

  • 生成 AI への個人データ入力と個人情報保護法(学習利用しないことの確認)= 個人情報保護委員会「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等」(2026年7月19日取得。公表 2023年6月2日)。本人の同意なく個人データを含むプロンプトを入力し、応答出力以外の目的で取り扱われる場合は法違反の可能性があるとし、提供事業者が機械学習に利用しないこと等の確認を求めています。
  • OpenAI API のデータ利用(オプトインしない限り学習に使わない)= OpenAI API 公式ドキュメント「Your data」(2026年7月19日取得。2023年3月1日以降の方針を明記)。ChatGPT の個人向けプラン固有の文言はこのページには含まれません。
  • Anthropic 商用製品のデータ利用(デフォルトで学習に使わない)= Anthropic「Is my data used for model training?」(商用製品向け)(2026年7月19日取得。最終更新 2026年3月16日)。
  • Anthropic 消費者向けプラン(Free/Pro/Max)の学習利用と保持期間 = Anthropic「Updates to Consumer Terms and Privacy Policy」(2026年7月19日取得。公表 2025年8月28日)。学習利用を許可した場合に保持が5年に延長される旨を確認。設定の初期状態(オン/オフ)はページから逐語では確認できず、本文では「ユーザーの選択で扱いが変わる」までにとどめています。
  • Google 個人向け Gemini のレビューと設定 = Google Gemini Apps プライバシーハブ(2026年7月19日取得)。一部の会話が人間レビュー対象になりうること、「Keep Activity」をオフにすると将来のチャットがレビュー対象外になること、法人アカウントは別条件であることを明記。
  • Google Workspace(法人向け)のデータ利用 = Google Workspace 生成 AI 公式ページ(2026年7月19日取得)。組織のデータを Gemini の学習・改善や広告ターゲティングに使わないと明記。
  • 税理士の守秘義務 = 税理士法第38条(e-Gov 法令検索)(2026年7月20日に e-Gov 一次ソースで確認。2025年10月1日施行の現行版)。「税理士は、正当な理由がなくて、税理士業務に関して知り得た秘密を他に洩らし、又は窃用してはならない。」
  • 弁護士の守秘義務 = 弁護士法第23条(e-Gov 法令検索)(2026年7月20日に e-Gov 一次ソースで確認。2025年10月1日施行の現行版)。「弁護士又は弁護士であつた者は、その職務上知り得た秘密を保持する権利を有し、義務を負う。」弁護士固有の規定であり、税理士・社労士等へは一般化しません。

eight 編集チームAI SECURITY PRACTICE

AIとセキュリティの専門家チーム。OWASP・NISTなどの一次情報にあたり、出典を示して書く。「機密を守ってAIを使う」設計の支援を行っています。